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5月15日



翌朝は、窓から入る朝日で目を覚ました。

もう少し微睡んで居たい様な、心地良い気だるさ。
いつもは、目覚まし時計と睨めっこしながら起きるのに、信じられない早起きだ。

んん、と大きく伸びをしてその場に座る。
車内では、「おはよう放送」を前に、多くの乗客が起き始め、身支度を始めていた。
このまま寝顔を晒す訳にもいかず、簡単に整えると、まだ眠っていたカズ隊員を起こす。


「ほら、海だよ」
起きないカズ隊員を抱っこして窓際に座ると、初老の男性が同じように窓際に座っていて、窓からの景色を眺めつつ、ゆっくりとした時間をすごしていた。
目が合い軽く挨拶する。
なんて清々しい朝。
しかし、その横でよっすぃー隊員はまだ惰眠を貪っていた。
「いい加減、起きなさい」
布団をひっぺがして起こす。
列車はもう由宇を通過しようとしていた。


住めば都、というが、こんな狭い車内でも、一晩住めば(?)この通り、すっかり散らかって、すっかりくつろぐ子供達。
さすがにまだ時間はあるが、そろそろ片付けないと。
しかし相変わらずカズ隊員はおもちゃの電車で遊び、よっすぃー隊員はゴロゴロしている。
キミ達、くつろぎ過ぎですから!もっと緊張感を持て、緊張感を…。
仕方なく一人で片付ける。
片付くのか、コレ…。


朝食に、昨日駅で買ったすっかり潰れた小さなパンを、冷えていない生温かいコーヒーで流し込む。
目は覚めたが、食欲がない。
決して気分が優れないのではなく。
むしろその逆、気持ちが逸って食べられないのだ。
子供みたいだ、と思う。
しかし今ここにいる乗客の殆どは、お金と時間がある、ただの列車好きな子供なのかもしれない。
東京から九州なんて、今や5時間もあれば着くのだ。
安いホテルでも、揺れずに静かで快適な時間を過ごせるはずだ。
それをわざわざ、高い料金を支払って、時間をかけ、寝辛い寝台でゆっくりとゆっくりと進むのだ。
それを物好きというか、贅沢というか…。








午前8時32分、定刻どおり下関駅に到着。
ここで、電流方式の違いから、直流のEF66から交直両用のEF81に切り替える。

先頭車両を付け替えるのに、要する時間は約5、6分。
その間に、10号車を降りて、走って、先頭車両の写真を撮って、再び10号車に戻らねばならない。
戻らねばならない、と書いたが、別に全員がそうする訳でも、しなくてはいけない訳でもないのだが…。
5分もあれば、と思うが、ブルートレインは12両、後ろから3番目の車両から、降りて、子供を連れて走るのは大変なのだ。

人は何故走るのか。
それは「見たいという欲望」を満たすため(笑)


走って先頭車両まで行くと、ヘルメットにオレンジ色のジャケット姿の作業員が、切り離しに掛かっていた。
ゆっくりと離れていくEF66。
そして向こうのほうから、EF81がゆっくりと下がってくる。
バック出来るんだ…と、改めて気付く。
そりゃそうだ、切り替えして向きかえるわけには行かないもんな。


車両の後ろに立った作業員が、緑の旗を振って誘導する。運転士が、窓から顔を出し、後方を確認し、ゆっくりとバックしてくる。
窓にそっと掛けられた手には、真っ白な手袋が(ハァハァ)。

その車体は、青色ではなく、色あせたような朱色…ん〜ローズピンクか?トマトみたいな?小豆色???(赤13号というらしい)
これじゃブルートレインじゃないじゃん、と思ったら、客車が青ければ良いそうだ。


カメラと
「見たい欲望」をもった人たちが、その様子を見守っている。


どうやって繋げるんだろう、とワクワクしながら見ていたら、普通にぶつかってガチャっと嵌った。

ちょうどおもちゃの電車を繋げる様な。あっけない接続に少し慌てる。
「戻らんと!」
とりあえず走れるところまで走って、途中で乗ったら後は車内を移動すればよい。
と、思っては見たものの、気が小さい我々は、早めに乗車することに。
さすがに置いては行かれないと思うが、迷惑を掛けるのは、ね。


狭い車内の通路を移動しながら、他の車両を観察。
これが個室かぁ。
さすがに通路に人の姿はなく、ドアが並ぶだけである。
ソロ(B寝台個室)は自動ドアな上に、床も絨毯が敷き詰められている。
何かちょっと贅沢な造り…と思ったら、コレは後に改造されたからだそうだ。
他にも、通路にある鏡や、ペラペラの紙コップ、旧国鉄時代のものと思われる温度計など、時の流れが止まった様な備品も発見。
いや〜時代を感じるなぁ、としみじみしていると、後ろからタイチョーが急かす。
「おい、次の駅で降りんといけんのよ」
慌てて席に戻り、荷物をまとめる。
忘れ物はないか?
布団やカーテンを軽く整えて…わー!いーそーげー!!!


あせって準備したが、そこはブルトレ、そうすぐに到着するはずもなく、大人しく椅子に座って待つ。

壁にあった温度計。
JNRの文字が。

5月とはいえ、22度は寒かった…。


門司駅。



食料が減り少し軽くなったとはいえ、やはり大きなカバンを抱え、ホームへ降りる。

一緒に、ゾロゾロと降りてくる乗客。
ここでは、先ほどの
交直両用EF81から、交流のED76へ切り替え。
そして、ここでついに「富士」・「はやぶさ」が、それぞれの終点、熊本と大分へと分かれるのだ。


切り離しを見るのは諦めて、先頭車両の方へ。
先ほどと同じ様に、まず
EF81が離れて行き、ゆっくりと白い手袋…もとい、真っ赤なED76が下がってくる。
ガチャリ、と繋がる。
一部の乗客が、「はやぶさ」号に戻っていく。
出発の時間だ。
ホイッスルの高い音が、ホームに響く。
バイバイで見送ると、チラっとこちらを見た運転士が、軽く手を振ってくれた。
先頭から6両、「はやぶさ」号が、熊本に向かってゆっくりと走り出す。
「はやぶさ」号が見えなくなると、今度は「富士」号の先頭車両が入線して来た。


今度は急がない。
乗る必要がないのだから。


気付けば皆、既に列車に戻っており、ホームは我々のみとなった。

ガタン、と揺れ、「富士」のヘッドマークの輝くED76が動いた。
静かに、そしてゆっくりと我々の乗っていた「富士」号が走り出した。
千切れんばかりに手を振るよっすぃー隊員とカズ隊員。
走り出した車両の1つの窓から、誰かが手を振り返してくれたのが見えたと思ったら、赤いテールランプと共に
、カーブの向こうに消えていった。


「行っちゃったね」
そっと手を握ってくるよっすぃー隊員。
「………」
目に涙をためている。
一晩ではあったが、楽しい時間を過ごした列車との別れは淋しいらしい。
平日の朝ではあったが、通勤通学の時間を過ぎていたせいで、門司駅に人影は少なかった。
大きなカバンを持ち替えて、改札へ向かう。
目指すは門司港駅近くの「九州鉄道記念館」、今回は何処までも『鉄』の旅なのであった。




一時は「ブルトレブーム」なるものまで巻き起こしたこの青い列車は、今や昼行特急を優先させるダイヤに押され、passenger=「お荷物」となり、廃止に追い込まれている。

しかし、ピカピカの車体に最新の備品が揃った飛行機や新幹線より、昭和の色濃く残ったこの古臭い感じの車体の方が、旅の趣があって良いのに…と思うのは、passenger=「旅人」の性であろうか…。
▲JR九州ご自慢のピカピカのエル特急787系有明


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