■■Report #96 Report index


最大の謎―――――


時は平成の世、九月十ニ日、備後国沼隈郡鞆の浦(現 広島県福山市鞆町)に、へなちょこ海援隊は来ちょったがぜよ。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」も終わり、ちいくっと波に乗り遅れた感が拭い切れんが、9月時点ではまだ放送されとったがじゃ(涙)
更新が遅れて年の瀬になってしもうたんは、管理人のせいじゃき、許してつかぁさい。
(注:NHK大河ドラマ「龍馬伝」風にお読みください)


龍馬伝で「いろは丸事件」が扱われワタシの住む福山も出ると聞き、いろは丸について少し調べていると、ある疑問に突き当たった。

いろは丸の「謎」。

坂本龍馬が損害賠償を要求した際に主張していたミニエー銃400丁は本当に載っていたのか?
積荷は一体何処へ?
いや、そんな有名な「謎」の話ではない。

しかしもっと大きな「謎」にぶち当たった我々へなちょこ海援隊は、その真相を突き止めるべく、事件の舞台となった鞆の浦にやってきたのだ。


その前に、いろは丸事件とは。

遡る事143年前の慶応3年(1867年)、福山雅治坂本龍馬率いる海援隊が大洲藩から借り受け、長崎から大坂(大阪)に向かっていた「いろは丸」と、長崎港に向かっていた紀州藩の軍艦・明光丸が、岡山県笠岡付近で衝突した。

いろは丸は大破し、明光丸に曳航される途中で、鞆の沖10kmほどの地点で沈没した。

この際、乗っていた坂本龍馬をはじめとする乗組員たちは、明光丸に乗り移ったあと鞆の浦に上陸。

廻船問屋の桝屋清右衛門宅に滞在し、福禅寺の客殿「対潮楼」にて賠償交渉を行うも話がまとまらず、舞台を長崎に移し再度交渉、明光丸の過失を主張し、紀州藩が巨額の賠償金を支払う事で決着した。
この事件は、日本で最初の海難審判事故だと言われている。


桝屋清右衛門宅/一般の民家なので公開はされていない
車を市営駐車場に停めた我々は、鞆の町を歩き始めた。

坂本龍馬も歩いたかもしれない古い町並みには、ガラスの浮き球が並ぶ澤村船具店がレトロな雰囲気を醸し出している。


昔から「沖で唐人船が沈んだ」という噂だけが残っていた鞆の浦で、地元有志によるいろは丸引き揚げ計画が持ち上がり、引き揚げ計画が新聞で報道され大反響を呼ぶ。

その後、潜水調査で引き揚げた鉄をNKK鉄鋼研究所(現在のJFE)で分析の結果、19世紀ヨーロッパ製と判明、いろは丸であるとほぼ断定された。


現在では沈没場所が「水中遺跡」に指定されている。


…といういきさつがあって、鞆には「いろは丸展示館」がある。


疑問を解く鍵はここにあるのか???




いろは丸展示館全景。

古い蔵を改造して作られている。


開館時間 10:00〜17:00
定休日 無休
料金 小学生以上200円
(団体割引あり)

さっそく中に入ってみよう。

いろは丸の引き揚げ物…蒸気船であったためたくさんの燃料である大量の石炭(実物!)や、船のガラス製の明かり窓、イギリス製のコップや古伊万里の茶碗、船の洋風の取っ手などが展示してあり、イギリス製の船だったんだな〜と実感。
沈没状況のジオラマ展示は70%ほどの大きさで作られてはいるが、こんな感じで沈んでいるのだというのが、よっすぃー隊員やカズ隊員にもよく分かる。
建物2階には、前述の桝屋にあるという、龍馬のかくれ部屋を再現。龍馬がぽつんと座っていて、ビミョーにコワイ。

しかし、ここでは我々の欲している答は見つからなかった。




次に我々が向かったのは、市営渡船場。

「平成いろは丸」が航行する。


営業時間 7:10〜21:40
料金 往復 大人240円 小人120円




平成いろは丸は、黒い船体に3本のマストが特徴。

実際は曳航中に沈没してしまい、鞆にはいろは丸は来ていないのだが、細かいことはナシにしよう…。


内装は木目調で統一され、レトロな雰囲気。
かじを操る舵輪(だりん)やコンパス、竜馬の写真が飾られている。
龍馬になったつもりでコンパスを覗いてみる。


向かう先は仙酔島。
約5分で島へ到着。

切手にもなった国立公園 仙酔島。
「仙人も酔ってしまうほど美しい島」と言われている。

今から9000万年前の火山活動により出来た島で、島全体を凝灰石や溶岩が覆っている。
海岸沿いに遊歩道が整備されており、それらを見ることが出来る。
せっかくなので、島を散策。
海沿いの遊歩道は、アップダウンのある道で、橋を渡ったり、時には波で濡れながらきゃーきゃー言いながら歩ける。
波が引いた瞬間に走って渡るのだ。


波で浸食された岩の間を覗いてみたり、ごつごつした岩に触れながら歩く。
▼失敗するとびしょ濡れだがそれもまた楽しい

ここには、日本で唯一といわれる五色岩がある。

黒・赤・青・黄・白の5色の岩があるそうだが…。
場所的にはココなのだが、写真の岩に5色あるだろうか?
青?!


日本唯一と言う割に何の表示もないので、うっかり通り過ぎてしまいそうな観光スポットである。



まっ、全っっっっ然、
龍馬関係ないけどね!!!
彦浦と言われる浜に到着。
遊歩道はこのまま山に上がっていくのだが、ちょっと山は辛いので、ここで少し休憩してからUターン。
塩作りが体験できる「塩工房」や「五色湯」というお風呂もここにあるが、またの機会に…。

歩いて歩いて…元の浜に戻ってきたへなちょこ海援隊。
国民宿舎でちょっと休憩。
あまりの暑さに水筒の水を飲みきってしまった我々はラムネを購入して、一息ついていた。

その同じ建物内で、(もう終了してしまったのだが)、「平成いろは丸で行く仙酔島・龍馬といろは丸展」が開催されていた。
※開催期間 2010年1月9日(土)〜11月30日(火)
(龍馬と仙酔島は何の縁もゆかりもないよね、というのはこの際忘れて欲しい…。)


いろは丸事件を解説するパネルの展示、いろは丸事件をアニメで解説してあった。
同時開催 で大河ドラマ「龍馬伝」展もあり、撮影衣装や小物の展示、撮影風景のパネル展示などがあり、龍馬ファンも福山雅治ファンもちょっと嬉しい内容だった(笑)

詳細は、福山市観光課
「大河ドラマ『龍馬伝」 を福山で応援する会」
略して「福援隊」のHPへ。

http://www.fukuyama-ryoma.com/top.php

ブログパーツや平成いろは丸のペーパークラフトがあるのでゼヒ。
手がかりのないまま、渡船場に向かう。
ワタシが子供の頃からずっと、この市営渡船は、朝鮮通信使にちなんだ朱色のラインが入った船だったのに、龍馬効果は船まで変える力を持ってるんだな〜。

船を待っていると、観光客を乗せ、平成いろは丸がこちらにやって来た。

乗っていた客が降り、さて我々も乗り込もうとしていたまさにその時!!!
我々は、驚くべき光景を目にしたのだ!!!
「ああ!
そうだったのか〜〜〜〜〜!!!」


平成いろは丸、最大の「謎」、それは―――――― 。
いろは丸の絵にも写真にもある尖った船首部分………

 

を、一体どうやって船着場に着岸させているのかという事だったのだが、どうやら跳ね上げ式になっていて、普段はロープで固定されているので、普通に着岸できるらしい。

なーるほどね〜、謎が解けた〜。

(まぁそういうオチですよ)


…と、謎が解明できたところで、Report#85の「へなちょこ龍馬伝」に始まった、へなちょこ海援隊の龍馬カブレ(汗)も、終わりを迎えた。

この1年、大河ドラマの効果で、龍馬ゆかりの地は賑わった。
そのいずれの地に行っても観光客は多く、不景気とは無縁な龍馬ファン(福山ファン…?)の行動力に驚かされた。
平成の世にあっても観光地の景気を動かす力を持つ龍馬の魅力はスゴイ!
その魅力に財布のヒモを緩めた我々へなちょこ海援隊も、少しは景気回復に貢献できただろうか…?

12月29日、30日には総集編の放送がまだ残っているので、もうしばらく龍馬ゆかりの地を追いかけて、
龍馬を応援致したく候!

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