そしてもう一件。
親不知の名前の由来を調べてみた。
そこには悲しい親子の話が。
昔はこの辺りに便利な道はなく、断崖の続く海岸沿いを、波が引いた隙に安全な場所まで走り、また次の波が引いたら走り…という命がけの難所だったそうだ。
親は子を、子は親を顧みる余裕もなく、気づけばその姿を見失い…ということから、親不知という名がついたのだという。
近くには「子不知」も存在し、そのエピソードが生々しく伝わって来る。
決して第三大臼歯などではなく。
悲しい話が多々残る地名だったのだ。
今でこそ、トンネルを作る技術が進み、断崖沿いを歩いて通らずともよくなったのだが、我々がヒスイ?を拾っていた海岸周辺でも昔はそんな旅人の苦労や悲劇があったのだ。
子を放ってヒスイ探ししている場合ではない。
ちょっと「奥歯が…」とか言っていた自分を反省。
親不知、子不知。
親も子も互いを顧みることもできず、命がけの旅をした昔人。
海岸で(子も顧みず)ヒスイのかけらを探す我々の姿は、さぞ平和な姿に見えるだろう。
この平和があのカメの名のようにミリオン…100万年続きますように。
まさにこの平和こそが宝か。
道路を完成させるまでの鵬程を、努力し続けた人々。
そして道路を作ってくれた人々に感謝!である。
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