■■Report #58 Report index


9月23日。
「ああ、私二十歳の頃1本抜いたんよね〜」
国道8号線沿いにある看板を見ながらの会話。
その看板の文字は、

「親不知」

第三大臼歯のことである。
20歳前後で生えるんだよな〜。
ワタシは、4本とも生えて、4本とも抜いた記憶が。
しかも1本は真横に生えて、1本は根っこが3本に分かれてて抜けなくて、砕いて抜いたんだった…。
嫌な思い出が蘇り、何だか奥歯がむずがゆくなる。
「なんで親不知なんだろう〜」
奇妙な地名である。

『親不知ピアパーク』という道の駅に到着。
まだ時間が早いせいか、店は開いていなかった。
「ん〜」
朝の潮風が気持ちいい。
車を下りて思いっきり伸びをする。


「なっ!何か居るよっ」

巨大な海カメの親子。
3人(匹)家族のようである。
親亀の名前はミリオン。
この道の駅のシンボル的存在であろう、巨大ブロンズ像である。

「さて、始めるか!」
海岸といえば…へなちょこ隊恒例の『ビーチコーミング』である。
わざわざ新潟県に来てまで何故。

実は新潟県糸魚川市は「ヒスイ」の産地で、上流にあるヒスイ峡から流れ出たヒスイが日本海に運ばれ、周辺の海岸ではヒスイが見つかることがあるという。
親不知海岸周辺もヒスイが拾えるポイントとして有名で、近くには『ヒスイ直売店』『ヒスイ原石・加工』などの看板が並ぶ。

「よっしゃ〜!ヒスイ見つけるど〜!!!」

宝石ですよ、宝石。
宝石がざっくざっく砂浜に…!!!
張り切る我々へなちょこ隊。
よっすぃー隊員とカズ隊員は、ヒスイなど興味ナッシングなので、石を積み上げて黙々と遊んでいる。
それをいいことに、大人は「ヒスイ、ヒスイ…」と念仏のように唱えながら、ビーチコーミングを続けるのであった。

…とは言ったものの(いつものことだが)ヒスイ原石がどんなものか知らない我々は、取りあえず緑色だろうということで、それっぽい石を数個、拾った。

ヒスイかも知れない石を数個、あとまん丸で形がきれいな石をよっすぃー隊員とカズ隊員がひとつずつ持って、
我々は親不知海岸を後にした。

家に帰って、ネットで検索。

ヒスイは硬くて重いので、他の石と比べるとよくわかります…
  うう〜ん、小さすぎて重いか軽いか…。
色は不透明だが光を通すので、透かして見るとわかります…
  いや、透けませんが…。
色は緑色とは限らず、白っぽいものが…
  不自然なほど緑…!!!!
  いやでも一番右のとかそれっぽい?!


素人の鑑定でもわかるほど、ヒスイではないだろうことが判明した。
いいのだ!
これでこそへなちょこ隊!
ものより思い出なのだ!!!

そしてもう一件。
親不知の名前の由来を調べてみた。


そこには悲しい親子の話が。
昔はこの辺りに便利な道はなく、断崖の続く海岸沿いを、波が引いた隙に安全な場所まで走り、また次の波が引いたら走り…という命がけの難所だったそうだ。
親は子を、子は親を顧みる余裕もなく、気づけばその姿を見失い…ということから、親不知という名がついたのだという。
近くには「子不知」も存在し、そのエピソードが生々しく伝わって来る。

決して第三大臼歯などではなく。
悲しい話が多々残る地名だったのだ。

今でこそ、トンネルを作る技術が進み、断崖沿いを歩いて通らずともよくなったのだが、我々がヒスイ?を拾っていた海岸周辺でも昔はそんな旅人の苦労や悲劇があったのだ。
子を放ってヒスイ探ししている場合ではない。
ちょっと「奥歯が…」とか言っていた自分を反省。

親不知、子不知。
親も子も互いを顧みることもできず、命がけの旅をした昔人。
海岸で(子も顧みず)ヒスイのかけらを探す我々の姿は、さぞ平和な姿に見えるだろう。
この平和があのカメの名のようにミリオン…100万年続きますように。
まさにこの平和こそが宝か。

道路を完成させるまでの鵬程を、努力し続けた人々。
そして道路を作ってくれた人々に感謝!である。

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