■■Report #10 Report index

禁漁区のイワナは本当にウブなのか…? 


「多分見れると思うよ、水キレイだし」 
バスから降り、リュックを背に歩き出す。 
坂を下ると、目の前に広がる不思議な光景。 
澄んだ水をたたえる静かな池に、無数の立ち枯れ木…。 

春先に渓流へ行くと、明らかに放流モノと思えるイワナに出会う。 
出来れば、天然モノにお会いしたいのだが、中々難しい。 
彼らはヤマメに比べると比較的人懐こく、一度バラしたポイントなどでも再びキャストすれば、ルアーの後をチョロチョロとついて来るようなカワイイ一面がある。 
この人懐こさがなんとも愛らしい。 
ダメだよついて来ちゃ!だから減るんだよ…でもそれは環境や釣り人のモラルの悪さが大いに関係すると思うので、彼らのせいとは言えないか。 
それでも、人の入った後なんかだったりすると、そんな放流モノの彼らでも易々とは釣らせてくれない。 
そんな時、ポイントを探してウロウロしていると、『あ〜っ、ここ釣れそう、でも禁漁区!』というポイントが多々ある。 
さすがにそれを無視してまで釣りたい!とは思わないが、一度は思った事がある筈だ。 
「あ〜、ここで釣ってみたい〜」と。 

それが何故か、禁漁区に限ってキラっと反射する魚体が見えたりするのだ。 
しかもでっかいのが。 
「あ〜あ…」 
でも指をくわえて見ているしかない。 
ふと思う、ここのイワナ達、本当に釣られた事がないのだろうか? 
こんな山の奥、密漁する人もいるに違いない。 
では、絶対密漁のできないような所に行けば、本当に釣られたことのない、ウブなイワナ達に会えるかもしれない。 
絶対密漁の出来ない所…。 
すごく危険な所や、険しい所、行く手段のない所がそれに該当するだろうが、それでは我々も行くことが出来ない。 
もっと簡単に行けて、且つ天然のイワナのいる所…。 
それは観光地。 
禁漁になっている、超有名な観光地ならば、密漁も不可能だろうという考えだ。 
そんなわけで、5月15日、へなちょこ隊は上高地にいた。 
今回のメンバーは、ナベ隊長とミキ隊員の二人、副隊長は待機、である。 

上高地――――― 

標高約1,500m、穂高連峰、焼岳(やけだけ)、などに囲まれている盆地で、白樺・カラマツなどの原生林に大正池・田代池・明神池が散在している山岳景勝。 
上高地一帯が天然記念物や国立公園に指定され、高山植物の採取禁止し、ライチョウ、カモシカなどが天然記念物に指定されている。 
現在はマイカーの通行が全面禁止で、許可車両や低公害バスでのみ行くことができる。
ここのイワナ達は、「半永久的に禁漁」という。彼はウブな姿を見せてくれるだろうか…。 

天然記念物に指定されている、「大正池」。 
大正4年に目の前の「焼岳(ヤケダケ)」が噴火した際、梓川がせき止められて出来た池だ。 
流れ込む土砂で、埋まりつつある池らしい。 
その前にあるバス停で途中下車した2人は、池に向かって歩く。 
ここから、砂利道や木道の続く遊歩道を歩いて、有名な「河童橋」へと向かう。 
 
大正池には無数の立ち枯れ木が、新緑の緑をバックに異様な姿で池の中に立っていた。 
池の水はまさにアクアブルー、流れの底の石まで見えたが、結構深そうだ。ということは、本当に透明度の高いキレイな水なのだろう。 
池の岸には、マガモやオシドリがいて、すぐ近くまで歩いて寄ってきて愛嬌を振りまいていた。 
誰かがエサを与えたのか、人間に近寄って来る彼らがすごく不自然に写った。 
池に沿って少し奥まで歩くと、遊歩道は池から離れ、森の中に入る。 
その遊歩道へ入る少し手前で水中を観察していると…。 
いた! 
少し流れのきつい水の中に、ぬらりと揺れる魚影…。 
何だろう、流れが速すぎて水面が乱れているので、はっきり見えないが。 
35cmはあるように見える。少なくとも30cmはあるだろう。 
時々ひらりと姿を消すが、すぐにまた戻ってくる。 
そのとき、彼が流れの淀んだところへ移動した。 
思わずカメラを構える…! 
「!!!!!」 
その時だった、先ほどのカルガモが飛んできたのは! 
水面に降り立った彼の下で、もちろん彼はサッと姿を消した。 
…カモめ!!! 
 

そこでの観察を諦め、遊歩道を歩く。 
鳥のさえずりが絶えず聞こえ、人工物と言えば今歩いているこの木道だけといった感じの遊歩道である。 
本来の自然とは、こういうものなんだな…と感じる。 
根っこから倒れた木はそのままで、その倒れた上にまた倒れ、その倒れた木から、それを苗床に新しい芽が出ている。 
流され水に埋もれた木は、水草が絡み、端から腐りほぐされて、水底の腐葉土と同化しかけている。 
その腐葉土から、また新しい芽が生えるのだろう。 
ここでは絶えず再生が行われている。 
「やられた!!!」 
前で叫ぶ隊長、頭上を飛ぶ小鳥から「爆弾」を受ける。 
これも自然が多い証か…笑。 
 
  
所々で水が湧き、流れを作っている。 
木道は流れをまたぎ、森へ続く。 
「あっ!」 
その流れに目を凝らすと、びっしりと生えている水草の中で、動く影が。 
イワナだ! 
橋の上から覗き込む。 
しゃがんで手を伸ばせば、届くのではないかという位置に彼はいた。 
サイズは小さい。 
でもその模様は確かにイワナのものである。 
「わぁ…かわいい…」 
ぽつりと出る言葉。 
緩やかな流れの中で、ゆらゆら体を揺らしている。 
時々、水面に落ちた虫を見つけてゆっくり顔を出し、「ぱくっ」。 
それを目の前で繰り返すのだ。 
まったく人の目を気にしていない。 
決して釣られないことを知っているからか。 
いや、釣られるということすら知らないのかもしれない。 
あどけない姿に、しばし時を忘れ見入った。 
近くには、一回りサイズの大きいのや、少し模様が違うのもいた。 
 

   
木道を進み、さらに歩くと視界が開け、田代池に出る。 
堆積する土砂で池が埋まりつつある、という説明の看板も埋まりかけている。 
なるほど、こんなに砂が流れてくるなら、下流に住む人間には砂防ダムも必要だろう。 
いつも護岸された渓流で砂防ダムを見ると、こんなんじゃ魚は遡上できないじゃん、と思うのだが。 
目の前には湿原が広がり、その奥にはカラマツなどの木々が。そしてその背後には、雪を戴いた穂高連峰が! 
もう、絵を見ているような、出来すぎた構図だ。 
思わず、2度、3度とシャッターを押す。 
他の観光客と同じに、景色に感動する私の後ろで、1人だけ背中を向けている男あり。 
ナベ隊長は、本来の目的を忘れていない。(それとも単なる釣り馬鹿か?) 
「おるおるおる!!!」 
半ば強制的に池に連れて行かれ、指差す方向に目を凝らす。 
「…うわ、でっか〜い!!!」 
白い砂の上で、ゆらゆら揺れる影。 
見た目50cm、そんなわけないので実際は35cm位だが、水面に影を落とさないよう気をつけてじっと待っていると、ゆっくり近づいてきた。 
そこが本来のポジションなのか、時々捕食したり、驚いて逃げたりしても必ずそこへ戻ってくる。 
他の観光客が来て「あっ、サカナ〜」と叫んでも、じっと見ている分には逃げようとしない。 
見られていても一向に気にせず、水面に上がってくる姿は、実に無邪気だ。 
でも何だかおかしい。 
何もされないと思っているのだろうか。 
昔はここも禁漁ではなかったはずだ。 
長い年月の間に、人間=捕食者という法則を忘れたのだろうか。 
今回、ウブなイワナを…なんて目的でやってきたが、考えると難しくなってきた。 
本来、人間=捕食者で逃げるのが当たり前だ。 
で、人の入らないような奥地のイワナは人間を知らないからウブといえばウブなのだろうが、未知の物に対して、興味と警戒心を持つに違いない。 
なのに、ここのイワナたちは人間=安全なモノと捉えているのか、警戒心がみられない。 
ちょうど、さっきのマガモ達のように。 
これは、人間を捕食者として知らないことからみれば、スレていない=ウブといえばウブだが、人間を安全なモノと知っている点から見れば、よく慣れたマガモと変わらなくなってしまう。人間に「別の意味」でスレているといえる。 
「う〜ん…」 
思わず腕組み。 
ウブなイワナってなんだろう。 
ここまできてわからなくなってきた。 
ここのイワナはイワナ本来の姿、ではない気がする。 
もちろん、自然発生しているし、他の鳥や魚にはちゃんと警戒しているので、本来の生活を送っているのだが。 
あくまでも人間との関係、人間に対しての本来の姿、という点にこだわると、やはり違うと思うのだ。 
彼らの生活に、人間が関わると駄目なのだろう。 
人間が釣りすぎても、保護しすぎても、彼らはスレるのだ。 
そこまで考えて、目の前をゆらゆら泳ぐイワナを見ると、急に少し淋しくなった。 

 
  
田代橋に出ると、梓川を挟んでコースが二分する。 
どちらも梓川に沿って進み、河童橋で再び合流する。 
梓川は千曲川の一番奥に位置する支流で、下流で奈良井川と合流、犀川となる。 
「魚7分に水3分」といわれ、イワナの宝庫として知られていたという。 
そんな雄大な川のバックには、雪の残る穂高連峰、小鳥はさえずり、木々は緑、なんて「ハイジ」な世界なの〜などと浸っていると、いきなり俗世へ引き戻された。 
河童橋だ。 
河童橋付近には、ロッジやペンション、ホテルや土産物屋が並ぶ。 
スーツをばしっと着た老人や、かかとの細いミュールのオネエサンやら、似つかわしくない観光客もいる。 
「大自然だ」「渓谷美だ」なんていっても、やっぱりただの観光地なのかと。 
でもそんな観光地化のおかげて今日はここへ来れたのだ。こんな山奥、歩いて入る元気などない。 
観光地化に感謝。 
ただこれ以上開発しないでね、という感じだ。 
帰りのバスを待つ間に、「おやき」を買ってきて一休み。 
おやきを頬張りながら、こんなものが簡単に買えるんだもんねぇ、と。 
自然は守らなきゃ、なんて言って、こんな所へ楽に来たがって、ジュースやご飯を食べたがるのだから、人間ってつくづく勝手な生き物だ。 
 
 
 
 

ウブなイワナは見れたけど、スレた一面も見てしまった。 
人間ってつくづく勝手だな、とも思うけど、今日の景色はとても感動だった。 
せめてこれ以上壊されないように、汚さないように…。 
人間と自然との関係だって大切だ。 


ウブなイワナ…。 
やっぱり「究極の奥地」に入るしかないのだろうなぁ、という結果に終わった。 

上高地のイワナについて 
上高地のイワナについて少し調べたところ、現在上高地に住む「イワナ」の純血種は非常に少ないことがわかった。探険記の本文では、「イワナ」と書いたが、ちょっと言葉が足りない気がするので補足を少し…。 

岩魚7分に水3分。 
古くよりイワナの宝庫として知られる上高地・梓川では、もともとはイワナ一種の楽園だった。 
しかし大量捕獲がもとでその姿を消すようになり、魚類の増殖を目的に1920年、長野県が大正池に養魚場を設置し、養殖イワナの放流を試みた。 
1925年以降、他河川種の移入に加えて、ヒメマス、カワマス(ブルックトラウト)、ブラウントラウト、ニジマス(レインボートラウト)等が移入された。 
しかし、1970年頃からイワナとカワマスの自然交雑が問題となり、1977年以降は、在来種保護の観点からイワナのみの放流となった。 
1973年から中ノ湯より上流を半永久的に禁漁としてその保護が図られてきたが、上高地周辺の棲息数の8割を外来種とハイブリッドが占め、在来イワナの数は減っていると云われている。

上高地の在来イワナの減った理由として、カワマスとの自然交配と、放流イワナにあると言われている。
■イワナとカワマスの自然交雑 
10月下旬?11月上旬にわたるイワナの産卵期が、カワマス、ブラウントラウトの産卵時期と重なって、ハイブリッド(交雑種)の出現に拍車を掛けることになった。 
F1(雑種第1世代)はイワナより成長が早く、イワナと交雑する。 
F1同士の交雑での孵化率は大変ひくいので、F2(第2世代)は生まれにくい。 
F2およびイワナと交雑したF1(もどし交雑)の生存率は、イワナの1/3?1/2といわれている。 
■イワナの養殖 
イワナの養殖は大変難しく、人工孵化させた稚魚に人工餌を与えて育てることが非常に難しい。 
そのためカワマスと人工的に交配させた幼魚を人工餌で育て、それを再び純粋なイワナと交配させ、同じように人工飼料を与えて養殖していた。そして出来た雑種のうち、イワナに近い斑紋のものを「イワナ」として出荷していたため、放流されていたのは「イワナ」ではなく雑種だった。

当時は「種」や「遺伝子」等の知見の乏しい頃だったので仕方がないといえば仕方ないのだが…。

現在の上高地にはイワナ、ブルックトラウト、その雑種、ブラウントラウトの4種?が主にいるそう。 
私たちが見たのは、イワナに見えたが、イワナによく似た雑種だった可能性は高い。 
イワナだったと思いたいが、すぐ近くに微妙に模様の違うのがいたり、イワナ模様じゃないのがいたりしたので、多分…。 
一般に、体の色が明るければブラウントラウト、暗ければ(黒?茶)、イワナかブルックトラウトといわれる。 
さらに背中や背ビレを良く観察すると、大きな黒い班点があるのはブラウントラウト、はっきりとした斑紋があり背中に虫食い状の模様があればブルックトラウト、背ビレに模様のないのがイワナと見分けることができ、雑種はイワナとブルックトラウトの中間的な形態をもち、背ビレにぼんやりとした斑紋があるのだそう。 

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